花が迷っているうちに、すっと伸びた背中はどんどん遠ざかっていく。
「おーい」
「こーうきーん!」
だが、大喬と小喬にはそんな遠慮はひとかけらもないようだった。口々に公瑾を呼ぶ声は、子どものように甲高くよくとおる。
公瑾が足を止め、ゆっくりと振り向いた。三人を認めると、ふと目元を笑わせる。柔らかい笑顔は見るだけで花は幸せな気持ちになった。
公瑾は勢いよく駆け寄る大喬と小喬を難なく受け止めた。
「三人おそろいでどうしたのですか?」
両手に大喬と小喬をしがみつかせたまま、公瑾は追いついた花に尋ねた。
「書簡を届けに、子敬さんのところへ行くところです」
「おもしろそうだからついていくんだよ」
「子敬のとこに行くとおやつもあるかもしれないし」
三人三様の答えに、公瑾はそうですか、と笑みを崩さないまま答えた。
「公瑾さんは?」
「これから少々話し合いがあるそうです。ですが、今日はさほど忙しくありませんのでいつもの時間には帰れそうですよ」
「仕事が終わったら公瑾さんのところへ行きましょうか?」
「いえ、あなたは部屋で待っていてください。遅くなるようでしたら誰かを使いにやりますから」
「わかりました。じゃあ、お仕事頑張ってくださいね」
「ええ、あなたも」
ではここで、と公瑾が先に去っていくのを見送り、花は小さくため息をついた。
「公瑾と花ちゃんて、ほんと仲いいよね」
「前と比べたらぜんっぜん違うよね」
はっと見下ろすと、大喬と小喬がにやにや笑いながらささやき合っていた。もちろんわざと花に聞こえるようにだ。
「そんなことありませんよ」
まさか「そうですよ」とも言えず、花は一応否定してみせた。
「嘘だぁ。なんだかんだ言って毎日一緒に帰ってるよね?」
「来る時もね」
気持ちよさそうに小喬がつけくわえた。
(中略)
「ここまで派手だと、いっそ下品ですね」
公瑾は辛辣な言葉を吐いた。花は同意も否定もできず、一番手近にあった布地に手を触れた。赤い絹はつやつやと光を反射している。その下に見えているのは細かい刺繍がほどこされた靴だった。手持ちぶさたにそれを取り上げようとして、花の手が滑った。慌てておさえた手の下から、きゅっと絹鳴りの音を立てて布地が床にするすると流れる。
「あ」
慌てて持ち上げた布の間から、何かがかさりと音を立てて花の足もとに落ちた。慌てて拾い上げると、それは細く折り畳まれた紙だった。
きつい折り目に苦戦しながら広げてみる。そこにはゆったりとした文字が並んでいた。どうやら孟徳からの手紙のようだ。
「公瑾さん、こんなものが」
「読んでごらんなさい」
公瑾はそっけなく答える。
花はしかたなく再び手紙に目を落とした。幸い読めない字はないようだ。
公瑾は手紙を読む花を黙って見ている。視線を痛いほど感じながら、花は急いで読み進んだ。
手紙は親しげな挨拶から始まっていた。花の結婚を祝う文句がそれに続く。だが、その後から文面は一変していた。
すべてを読み終えた花は、困惑して顔を上げた。
「公瑾さん……」
公瑾は花の視線を受けて肩をすくめた。
「なんと書いてあったか、当ててさしあげましょう。おおかた孟徳軍に来る気はないか、とでも言っているのではないのですか?」
「どうしてわかったんですか?」
花は驚いて尋ねた。