「暑くなりましたね」
望美は、うなじに張りついた髪を払った。
京の初夏は、ひたすらに暑かった。
暑い。
暑いというよりも蒸し暑い。
空気はじっとりと重たるく、汗が肌にまつわりついて離れない。外に出て小半刻もたたないのに、もう体中がべたべたしている。
「ここのところ雨ばかりでしたからね」
隣を行く弁慶も、ややうっとうしげに空を見上げた。その横顔にもじんわりと汗が浮いている。
ここ数日、京は雨に降りこめられていた。
それがやっとあがった今日、二人は久々に市に向かっていた。
「もう夏ですから多少暑いのは仕方ありませんが……。これでは少々きつすぎるかもしれませんね」
「夏はまだこれからなのに……」
つられるように望美も空を見上げる。
今年の夏は常よりも暑くなるだろう、と聞いてはいた。
しかし、問題は暑さだけではない。この間からほとんど間をおかずに雨が続いている。たまに晴れても風はない。今日のように日差しが強い日には、町中が蒸されたように水蒸気でゆらゆらとくもって見えるほどだ。
今もそうだ。
望美は行く手に目を向けた。
泥田と化した道や水を吸い込みきった板屋根からは、じわじわと湯気が上がっていた。すえた匂いがぬるい空気に混じって鼻につく。
……クーラーって偉大な発明だったんだ、と望美は額の汗をぬぐった。
「しかしこうも暑いと、ちょっと心配ですね」
湿気た暑気が病を運んでくるようなことがなければよいのですが、と弁慶がつぶやいた。
「このままお天気になれば、ちょっとはましになるかもしれませんけど」
望美は希望的観測を口にした。
雨にはもううんざりだった。好天が続けば、暑いのはともかく湿度は多少下がるに違いない。
「残念ですが」
弁慶が西の空を指差す。
「この天気もあまり長く持ちそうにありませんね」
西から黒い雲の縁がぐっと寄せてきているのが見えた。
「ほんとですね。……また雨」
そう思っただけで気分まで曇ってしまう。ここのところずっと降りこめられていたのに、またそんな天気が続くとなれば。
「着るものがなくなっちゃいそうです」
望美は眉を寄せた。
実際、着るものに関しては二人はかなりの窮地に立たされていた。無頓着な弁慶はあまり気にしていないが、望美にとっては一大事だ。すでに家の中には紐が張り巡らされ、乾かない洗濯物が満艦飾になっている。今も足元の悪い中を歩いているので、今日着ているものも帰ってからなんとかしなくてはならない。だが、そうすれば明日着るものすら心もとない。
望美が考え込む横で、弁慶が小さくふきだした。
「それは……大変です」
「笑いごとじゃありません!」
「すみません」
口をとがらせると、弁慶はまだ笑みの残る声で謝った。
「でも、着るものの心配ができるなんて幸せだな、と思ったんですよ。で、つい」
「……そうですね」
望美はうなずいた。
(略)
手の重みが少し増した。
「意地悪を言ってしまってすみませんでした」
柔らかく引き寄せられる。
よりそった望美の耳もとで、安心したようなため息が聞こえた。
「僕も少し、寂しかったのかもしれません」
「寂しい?」
ここ数日、ずっとそばにいたのに。
「君に触れることもできませんでしたから」
「え、だってそれは」
「そうです。僕のせいです」
膝の上に抱き上げられ、後ろから頬ずりされる。
「僕は君の好意に甘えてばかりですね。君が僕に甘えられないのも、そのせいなんでしょう?」
指先が優しく撫ぜるように髪をすく。髪をかきわけられてあらわになったうなじに熱い唇が押しあてられる。
「あの」
「なんですか?」
肌に唇を這わせたままで、弁慶が尋ねる。