text index>キミのためにできること
キミのために─

 アンジェリークは唇をかんだ。
「そうなんですか。いえ、そうですよね」
「うん。みんなが自分のために動いているってことを忘れないで」
「……わかりました」
 他に思い当たることでもあるのか、彼女は殊勝に頭を垂れた。
「私、これからどうしたらいいんでしょうか」
 うつむいたまましばらく黙っていたアンジェリークは途方にくれたようにワンピースのスカートを握った。
「どうしたら、女王らしくなれますか?」
 ルネはアンジェリークの手に、そっと手を重ねた。
「ほんと、キミは真面目だね」
「茶化さないでください」
「でも、よく考えてごらん。キミの務めはいったいなんだったっけ?」
「アルカディアを良い方向に導くことです」
「そうだね。女王らしくいることはそれとは関係ないことだよね。じゃあ、キミはどうして女王らしくしたいの?」
 アンジェリークは口ごもった。
「さっきまで、自分じゃない自分が怖かったんじゃなかったの? だったらこれまでのままでいいんじゃない?」
「いいえ」

(略)

「女王陛下が聖都を出られるなど、ありえないことです」
「ぜひにも教団長様には陛下をおいさめ頂きたい」
「我ら長老の総意でございます」
 机の前に集まった長老たちは、口々に異を唱えた。
 おいさめ、か。
 ルネはしらけた気持ちで目を細めた。
 そんなものがアンジェリークに効くと思っているなんて、長老たちはやっぱりバカの集まりだ。
「すでにお止めはした。しかし、陛下のたってのご希望である。翻意はされないだろう」
 長老たちはお互いの顔をさぐるようにちらちらと見ている。
「ですが……」
「陛下はここでなくとも女王としての務めは果たされよう」
 ルネはぐずぐずとした反論の機先を制した。
「しかし、陛下はありがたくもこのセレスティザムに居を定められた。だが我らが陛下の意に染まぬことばかりを望めば」
 その先は、ルネ自身の不安でもあった。
 どれだけ正統をうたっていても、しょせんはアルカディアに存在する組織のひとつだ。おまけに古い分だけ、澱も多い。
「陛下が我々、そして聖都を厭われるようなことにもなりかねない。その結果、聖都を永久に去られるようなことにでもなればいかがする」
 一座は水を打ったように静まり返った。
「その責を負う覚悟があるというなら、お止めするがいい」


(略)
 ベッドの上に身を起こしたアンジェリークは、ガラス窓を細く伝う雨をぼんやり見ていた。
 そういえばこうやって雨を見るのも久しぶりだ。
 最近の聖都は夏という季節を忘れたかのように寒かった。降る雨にも雪が混じり、夜になれば凍るほどに。
「何をご覧になっているんですか、アンジェリーク?」
 ニクスに尋ねられ、アンジェリークは言葉を探した。
「何も。……じゃありませんね。雨、です」
「雨?」
 ベッド脇の椅子にゆったりと座っていたニクスは、アンジェリークの答えを繰り返した。
「聖都ではこんな雨はめったに降りませんから、なんだか懐かしくて」
「あそこは雪ばっかりだからな」
 本から目を上げないまま、レインがあいづちをうった。
「しばらく雨がありませんでしたから、きっと庭の花たちは喜んでいるでしょうね」
 ニクスも窓の外に目をやった。
「もちろん、貴女がおられれば雨などなくても花は喜びのあまりで咲かずにはいられないでしょうが」
 変わらない言いように、アンジェリークは小さく笑った。
 陽だまり邸は何も変わっていない。
 あの頃のままに整えられた自分の部屋。窓から見える景色。庭園に降る雨の音ですら。

update : 10.08.17
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