「ごめん、遅くなって」
寝間着姿のままぼんやり椅子に座っていた花は、慌ててそばにある上着を羽織った。
「もう寝るところだった?」
「いえ、ちょっとぼーっとしてただけです」
あれから半日、部屋を片づけたり身なりを整えたりしてそわそわしていた分、来ないだろうと思うと一気に気が抜けてしまっていた。
「そう。ほんとにごめんね。君が待ってくれてるだろうと思ったら、気が気じゃなかったよ」
そう言いながら、孟徳は花の額に軽く口づけた。
「待っててくれて、嬉しいよ」
「私も孟徳さんが来てくれて嬉しいです」
笑いあった瞬間、部屋の外でことりと小さな音がした。
「ごめん。今日中に向こうに戻らないといけないんだ」
孟徳は、小さく肩をすくめた。
「もう少しゆっくりできると思ったんだけど」
すまなさそうな顔をする孟徳に、花は笑ってみせた。
「お仕事なんでしょう?」
「うん」
孟徳の指がおとがいに触れる。
「でも、ごめん。待っててくれたのに」
指の動きに誘われるように自然に顔が上がる。熱い唇が花のそれをふさいだ。
「ああ、今日はおみやげがあったんだ」
ひとしきり口づけにふけった後、やっと唇を離した孟徳は思い出したように花に書簡を差し出した。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます。なんですか?」
受け取ったものの、さっきの余韻で花の頭はまだぼんやりしている。
「芙蓉姫からだよ」
なんでもないふうに言われた言葉に、花は目を見開いた。
(中略)
扉に向かった孟徳は、外に控えていたらしい使用人に二言三言話しかけた。
「これで朝までは花ちゃんのそばにいられる」
孟徳はさっさと上着を脱いで床に落とす。花は黙ったままそれを拾って櫃の上で軽くたたもうとした。
「花ちゃん」
孟徳の声に顔を上げる。孟徳はすでに白い単衣ひとつで寝台の上に横になっていた。
「頑張ってくれたし、今日は俺を君にあげる」
「え?」
聞き返すと、孟徳は無邪気そうに笑った。
「俺を好きにしていいよ、ってこと。添い寝してもいいし、なんなら襲ってくれてもいい」
花の手から大きな服がつるりとすべり落ちた。慌てて拾い上げ、横目で見やる。孟徳はすっかり機嫌のよさそうな顔で目を閉じていた。
花はたたみ直した着物を櫃の上に置くと、そっと寝台に近づいた。適当に脱がれた靴を揃えてから寝台に腰かける。
急にこんなことを言い出す孟徳の意図がわからなかった。いつも孟徳にされるがままだから、こういう時どうしていいのか、途方に暮れてしまう。
ただ隣で眠るのも悪くないかもしれない。
いろいろ考えたあげく、花はそんな結論を出した。もぞもぞと孟徳のそばによりそって目をつむってみる。いつもならこんな時は背中に触れたりしてくれる孟徳だが、今日は動く気がないらしい。
布越しの体温と孟徳の香りに、うっとりとしながらもどこか寂しい。花は眠りを諦めて孟徳を呼んだ。
「孟徳さん?」
「ん?」
甘えるような甘やかすような声が返ってくる。
花は何も言わずに、孟徳の顔の脇に両手をついた。