きっと何か、夢を見ていたのだと思う。
目を開いたときもどこか夢の続きを見ているように視界がぼやけていた。
白いシーツの上、こぼれている赤い髪にじわじわ焦点があってゆく。
……今、何時だろ。
そう思った瞬間、切り替わるように目が覚めた。
慌てて寝返りをうってみれば、カーテンから透ける光はまだ穏やかに明るい。
ほっとして目を閉じてみたけれど、一度醒めてしまえばもう眠れそうになかった。
あかねは、眠っている季史を起こしてしまわないよう、そっと身を起こした。床に足を下ろせば、しんと冷たさが上ってくる。
落ちていたバスタオルを体に巻いてから、寝室を出た。
リビングに置いてあるバッグから携帯を出して時間を確かめる。まだ昼を少し回ったところだ。眠っていたのはそう長いことではないらしい。
小さな冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターのボトルを取り出す。
一気にグラスを半分空ければ、乾いてひりつく喉に水がきゅっと染みてむせそうになった。
──この部屋にも物が増えたなぁ。
あかねは水のグラスを手に、ドアの枠にもたれてリビングを眺める。
リフォームしてあるとはいえかなり古く、おまけに日当たりも良くない、ただ広いだけがとりえのアパートだ。
その上、初めてこの部屋に来たとき、思わず
「……あの、泥棒でも入ったんですか?」
と尋ねてしまったほど、2DKの部屋にはがらんとして生活感がなかった。
あの頃は、キッチンは水道以外使われた様子はなかったし、その次の居間にはもらいものだという小ぶりのコンポが一つと幾枚かのCDと本を載せたメタルのラックがあるだけ。
寝室を覗く機会はなかったが、後日見たそこにはシングルのベッドしかなかった。
服は作り付けのクロゼットにゆうに収まるだけ。寝室にある物いれを開ければ、下段にこれももらいものの掃除機しか入っていないありさまで。
さっきの冷蔵庫もこの間買ったばかりだし、手にしているグラスはあかねが持ってきたものだ。
一番最初に増えた家具はソファだった。
ここに初めて来たときは、緊張もしていたし、いろいろ見る余裕もなかったが、幾度かこの部屋を訪ねて、困ったことのひとつが座るところだった。
座って、と言われても、どこに座っていいのかわからない。椅子は前の住人が残していったという木の椅子が一つ。
かといって、座れと勧められたのに立ったままでいるのも気まずくて、床の上に腰を下ろせば、むき出しのままのクッションフロアはひんやりと硬い。抑えようとしても、ついつい身じろいでしまう。
そういうことが何度かあった後のある日。
リビングの真ん中にオフホワイトの二人掛けソファがでん、と据えられていた。
ソファと季史を交互に見たあかねに彼は、寒そうだったから、とぽつりと言った。
ふと呼ばれている気がして寝室に戻ったが、季史はまだ、さっきと同じ姿勢で眠っていた。
「季史さん」
小さく呼べば、闇を探るような手つきが、シーツの上を這う。
「私は、ここです」
薄く目を開いた季史にすがるように腕をつかまれ
「おはようございます、ってなんだか変、かも」
「あかね」
そのまま抱き込まれた。
「……今日は帰らないと」
崩されながら、呟く。
最近外泊が多いのを注意されたばかりだ。言い訳もそろそろ尽きかけている。
うん、と頷くくせに、抱いた腕の強さは変わらない。
指、頬、胸、そして脚。ただ肌を恋しがるように、触れあうところが増えていく。
体の中の音を追うように耳を肌に押し当てる。いとおしむような、それでいて怖じるような触れ方がなんだかいじらしくて、振り切って起き上がることもできない。
「日が、暮れちゃいます」
「ああ」
「帰る前に、シャワーも使いたいですし」
「……うん」
「おなか、すきませんか?」
答えの代わりに軽く肌を食まれて、それ以上は訊けなくなった。
優しい腕の中で揺られているのに、不意に泣きたくなる。
このひとには、なにもない。
自分以外には、何も持とうとしない。
こうしているときだけでなく、いつも彼の中には、自分しかいない。
そのことがたまらなく愛しくて幸せで、苦しくて怖かった。
「季史、さん」
こぼれそうな涙に気づかれないよう、季史の胸に顔を埋めて目を閉じる。
このまま眠りに落ちて、目が覚めなければいいのに。
そう、思いながら。