図書館の屋根裏部屋は、いつしか私たちの場所になっていた。
夢から覚めて初めて学校へ行くという日、私は制服のポケットにあの部屋の鍵が入っていることに気づいた。
理人先輩との思い出の鍵は大事だったけれど、もともとは学校のものだ。
そう思った私は、すぐにお父さんに返そうとしたが
「好きに使うといいよ。……ただしあんまり悪さはしちゃだめだよ。お父さん泣いちゃうからね」
と、結局受け取ってはもらえなかった。
そして、私は何度もここに足を運び──私たちはここで再び出会った。
このスペースは今、私たちだけの場所だ。
そうは言っても授業も生徒会も部活もある。だから毎日来られるわけじゃないけれど、週に一度は必ず。
そんなペースで私たちは図書館の階段をのぼる。
今日もそんな日のひとつだった。
私は窓際で本を読んでいた。
読書といえば聞こえはいいが、国語の授業で出た、読書感想文を書くための本だ。なんとか書かなくちゃ、と選んだ本は動機が不純なせいか、なかなか私を物語に引き込んではくれない。
「……はぁ」
半分ほど読み上げたところで目を上げると、部屋の中はもう夕陽で赤く染まっていた。
そろそろ日が暮れる。
私が窓際で本を読んでいるうち、理人先輩はソファに横になって目をつむってしまっている。
起こさないと、と思いながらも、ひんやりした部屋の静けさが心地よくてなんだか立ち上がる気が起きないまま、私はぐずぐずしていた。
校庭の方から、男子の叫ぶ声がいくつか重なってのぼってくる。
キイチ先輩の声が聞こえたような気がして、私は思わず耳をすました。
先輩も、この学園に帰ってきていた。
男子がまだ少ないこの学園では、サッカー部はまだサッカー部じゃなくて同好会だ。
すぐにまたあの世界でそうだったみたいになるさ、とキイチ先輩は笑っていた。
それが見られないのが残念だ、とも。
キイチ先輩らしい、曇りのない笑顔で。
私は立ち上がり、運動場が見える窓に向かった。姿を見分けるには少し遠い。それでも夕闇の中、人影が動いているのはなんとかわかった。
「そろそろ帰ろうか、姫」
そう声をかけられたのは、しばらくそうしていた後だった。
「あ、はい」
慌てて振り返ろうとした私は、先輩の腕の中に後ろから捕まえられてしまう。
「先輩?」
見上げると、先輩は私を抱いたまま、運動場に目をやっていた。
「何を見てたの?」
「何、って」
正直に言うのが少し怖い。
「もしかして櫻沢?」
声の温度が低い。
「先輩は、櫻沢先輩がお好きじゃないんですか?」
ふと抱いた疑問は、止める間もなく口からこぼれてしまった。
「好きじゃない。……嫌い、かな」
「……そうですか」
先輩と一緒に過ごすようになってから気づいたことはいくつかある。
おだやかなようでいて、はっきり物を言うタイプだということ。
そして、一度評価を下したらなかなか変えようとしないこと。
ここでうっかりキイチ先輩をかばえば、また大変なことになることは経験からわかっている。私はもやもやを飲み込むように口を閉ざし、この話題を終わりにした。……つもりだった。
「君は彼に興味がある?」
視線を戻さないまま、先輩は面白そうに言う。
「え?」
「あんなやつなのに?」
背中が重い。息が苦しい。
「がさつで運動バカで能天気で、王子らしくもない」
悪口を言っているはずなのに、先輩の声は小さくなっていく。
「素直で、まっすぐで」
呟きが震えた。
「汚れなんて知らなくて」
「先輩?」
見上げても、理人先輩はこちらを見ようとしない。
「ねぇ。俺もあんな風だったらよかった?」
頼りない、こどものような問いだった。
「あんな風だったら、君はもっと早く俺を好きになってくれたのかな」
「放してください」
私は自分を捕らえる腕に添えた手に力をこめた。
「……嫌だ」
私の髪に頬を寄せたまま、先輩はいやいやをするように首を振った。
「嫌だ」
そのまま崩れるように床に押し倒された私が見たのは、夕日の名残と淡い夜が混じりあい、紫に濁った宵の空だった。