「なんだかもったいないよね」
「え?」
「ひさしぶりの休みで、こんないい天気なのにさ」
聖都を見晴らせる塔の小さな屋上、ルネは芝居がかった仕草で腕を振った。夜明けの色をしたマントが風をはらんでふわりとふくらむ。
穏やかな日ざしは白い聖都を輝かせているが、吹く風にはいつもとかわらず雪の冷たさがある。
「アルカディアのことならともかく、いろいろくだらないことで忙しくされて予定も立てられなかったおかげで、結局休みなのにどこへも行けないじゃないか。キミは休みがもったいないとか腹がたつとか思わないの?」
石の床の上に座っているアンジェリークを見下ろし、ルネは拗ねたように口をとがらせて訴える。その顔がなんだか懐かしくて、思わず笑ってしまった。
この頃は二人きりでゆっくり会うこともなくて、教団長らしい姿ばかり見ていたから。
「どうして笑うのかな」
「なんだか、ルネさんだなって」
「なにそれ。わけがわからないよ」
ルネはアンジェリークの横にぽすっと座りこんだ。
「どこかに行くとしても準備も大変ですし、私は」
別に、と言いかけたところで、さえぎられた。
「いつでも誰にでもイイ子なのはキミの長所だね。でも」
「でも?」
「……なんでもない。それより、それはなに?」
「それ?」
「うん、その大きなバスケット。いい匂いがするね」
急に話題を変えられて戸惑った。
バスケットの中には、今朝早起きして焼いたフルーツケーキがある。
ほんとはもっと味が馴染んでからの方がよかったけれど、次はいつこんな風に会えるのかもわからない。
「フルーツケーキを焼いてきたんです」
「ふうん」
いつもなら喜んでくれるはずなのに、ルネの反応は薄かった。
「キミってこういうのを作るのが好きだよね。陽だまり邸でも夕食会だけじゃなくて普段も作ってたって言ってたしさ」
「ええ。皆さん喜んでくださるから作るのも楽しくって」
「『愛情をこめて作ること』だっけ」
「え?」
「彼から聞いたよ。いつもキミは皆に愛情を注いでるんだね」
話に脈絡がない。
「あの、ルネさん?」
ルネは機嫌の悪い猫のように、ふいと向こうを向いてしまった。
しばらく無言の時間が続いた。ルネは何も言わなかったし、何を言っていいのかわからなかった。
古い石組のすきまから吹き抜ける風が高い音で鳴く。下の広場からのざわめきもかすかに上ってくる。
「ずっと、二人きりでいられたらいいのに」
ぽつりとルネが呟いた。
「キミがボクのことだけを考えて、ボクがキミのことだけを想っていられればいいのに」
「そんなこと」
どちらにも許されていないし、許されたとしてもできないことだ。
「何も言わないで──わかってるから」
ルネはアンジェリークの肩に頭を預けて、ため息をついた。
「今はボクのことだけ考えててよ」
肩にかかる重みが増す。
「……そうします」
「……そう」
アンジェリークはルネの髪にそっと頬を寄せた。