孟徳ED後の話です。なのに甘さ控えめ公瑾ですみません。
花ちゃんが仲謀軍に行かなかったらどうなってたかなーな話です。
公瑾は生きててほしいです。なので今日も元気に仲謀を支えてます。
公瑾の隣を歩いていた元譲が、ふと足を止めた。
「どうかされましたか?」
「失礼した」
元譲は慌ててこちらに注意を戻した。
「孟徳の……夫人がおったので」
と、太い指で庭の向こうを指し示す。
「花殿、でしたか。孔明殿の弟子で、素晴らしい軍師だそうですね。今回は夫君の代わりにいらっしゃったのですか?」
「いや、玄徳軍の方から是非にと……。本人も来たいと申したもので」
なぜか元譲の表情がわずかに曇った。
今、公瑾は許都のとある邸にいた。
孟徳が四方を攻める手を休めたのは、今年に入ってからのことだ。
冬の間戦を控えるのは一応定法ではある。糧食は乏しく現地調達も難しい。そして寒さは兵たちの士気をどうしようもなく削剥してしまうからだ。
ただ例年と違うのは、さらにしばしの平和を孟徳からはっきりと申し入れられたことだった。
そして春も暮れようとする今、もうすぐ三人の君主がここへ集う。
公瑾は先遣隊として許都に滞在していた。
「そうでしたか」
公瑾も改めてそちらに注意を向けた。
庭の東屋には幾人かの男女が寄り集まっている。先ほどの会見で顔を合わせた雲長の姿も見えた。
昼下がりの庭には明るい日ざしが降り注ぎ、ゆるやかに曲線を描く緑にとりどりの衣装が花を咲かせている。
女は二人いた。
髪に花を飾った、見るからにあでやかな女が何か言うと、一座がどっと笑う。
「……美しい方ですね」
公瑾は呟いた。
噂によれば、玄徳もあの女性を愛していたらしいとか。
扇を手にくるりと身を翻すさまは、実にたおやかで軽やかではある。
確かに溌剌とした美しさはここからでも感じられるが、孟徳を溺れさせ、玄徳を焦がれさせるほどであるかと聞かれれば、公瑾には判断できない。
ただ、彼女はあの孔明の弟子だ。そして、このつかの間の平和を丞相に進言したとも聞く。
──本質は外側ではない、ということか。
「舞も舞われるのでしょうか?」
「いや」
公瑾の視線の先を見やった元譲が苦笑した。
「あれは、玄徳軍の芙蓉姫ですな」
ではもう一人いる女が「花」なのか。
公瑾は己の目を疑った。その女の存在に気づいてはいたが、それこそ侍女か何かだと思っていたからだ。
貧相ではないが色味の控えめな衣装に、ほっそりと薄い体つき。顔には嫌味がないが特長もなく、ただそれだけだ。とても傾城傾国の美女だとは思えない。
「ああ、そうでしたか」
公瑾は驚きを声にのせないよう、短く答えた。
庭では芙蓉姫が槍を持つ男を無理やりひっぱりだして、何事かを命じている。しばらくはいやがる馬のように頑なに首を振っていた男が、諦めたように槍を傍らの雲長に預け、宙に舞った。
「おお、なんと身の軽い」
「ええ」
そう答えながらも、公瑾は花から目を離せないでいた。
彼女は青年の技に目を丸くして手を叩いている。
たわいもない。
公瑾は、内心でそう切って捨てた。
まったく、子どものようではないか。出自もよくわからない、いかがわしい女のくせに。
彼女を、彼女にまつわる人々を軽んじる気持ちが公瑾を楽にした。
噂はどのようにしても尾ひれがつく。軍師だというのも疑わしい。
どんな手を使って取り入ったのかは知らないが、しょせんはただの女だ。
そもそも今回のこととて、ただの茶番に過ぎないと公瑾は考えていた。
伯符の夢を諦めるつもりなどなかった。
馬鹿馬鹿しい誘いにのってやったのは、仲謀軍が拒否すれば二国を敵に回すかもしれないと恐れたためだ。
今の仲謀軍はけして劣勢ではない。
打って出れば勝てる戦も多いだろうが、二国から攻められた場合の消耗を考慮すれば得策とはいえない。
──あれは、孔明か。
庭をすいと横切るようにして彼女たちに近づく人物を見て、公瑾の眉がかすかに上がった。
玄徳軍の軍師孔明は、苦手な相手だ。
飄々とした表情からは考えがいっさい読み取れず、あくまで余裕のある態度はこちらの落ち着きを削る。
いつもならば自分がそうしていただろう。だが、孔明は公瑾にそんな隙を見せなかった。
苦々しく思う視線の先で、孔明は花の頭に手を置いた。
彼女の顔がぱっと輝く。
わけもなく不快感に襲われた公瑾を、孔明がちらりと見た。
迷いのない動きからして、自分たちがここにいることはとうに知っていたに違いない。
ふっと口角をあげ、彼女の耳に何事かささやいた。
花がぴょこんと立ち上がり、こちらに目をこらす。
慎みの感じられない仕草に眉をひそめる間もなく、公瑾はあっけにとられた。
なんと彼女はこっちに向かって大きく手を振っているのだ。
……どう反応すればよいのか。
軽く狼狽した公瑾は、隣の元譲が軽く手を挙げて応えるのを見てさらに驚いた。
かたい印象のある元譲がこういうことをするような人間だとは、思ってもみなかった。
「いや、あれはいつもあんなふうで」
公瑾の視線に気づいた元譲は、照れたように無事な方の目をすがめた。
彼女は、使える。
ふと公瑾は皮肉な気持ちになった。
花は武将たちの気が緩ませるところがあるようだ。
気が緩むのは良い。それが仲謀軍でさえなければなお。
そう思った公瑾は、花に対する見方を変えた。
彼女は一種の奇貨だ。
ここにいる間に、知り合いになっておくべきだろう。
きっと後日、策を練るにあたっての礎になるに違いない。
そこまで思い巡らせたところで、公瑾は我に返った。
孔明に言われたのか、花がこちらに向かってぺこりと頭を下げている。
ここまであどけないのか。
公瑾は蔑する気持ちを深い微笑で隠し、落ち着いた会釈を返した。
だが、花が顔を上げた瞬間、強い衝撃が公瑾を襲った。
濁りのない真っ直ぐな視線に、と胸をつかれて立ち尽くす。
麻痺したような心のうちに広がったのは、痛みと懐かしさだった。
微笑が消え、自分の頬がこわばるのを感じる。
この醜態を孔明にも見られていることをわかっていながら、公瑾はなすすべなく花の視線を受け止め続けた。
同じ目だ、と思った。
花の目は、彼の目に──亡き親友の目と似ている。
真っ直ぐで闊達で、迷いのない、目。
ああ、だからなのか。
だからみな、花にひかれるのかもしれない。
心のどこかでそう納得しながら、なんともいえない色の感情が自分の中で湧き出すのを感じていた。
恐れ。
不快。
懐かしさ。
それから……
公瑾は目を背けた。
これ以上、あの目を見ることも、あの目に見つめられることも耐えられそうになかった。