「めっずらしー。ここであんたに会うのって初めてなんじゃない?」
「……そうだったかな?」
頭の上からいきなり降って来た声にベルナールはゆっくりと顔を上げた。知らぬ間に俯いていたらしい。
「あれ、もしかして……酔ってる?」
テーブルの脇に立ったロシュに目の前で手をひらひらっと振られて、眉をひそめる。声の賑やかさが少し辛い。
「いや、それほど飲んじゃいないよ」
「そう?」
疑問で返したロシュは、しかしそれ以上は聞かずに踵を返した。
ベルナールは霞む目でカウンターに向かう背中を追った。ロシュはこの間より少し背が伸び、大人びてきた。もともと下町の子らしくませて醒めたところはあったが、雰囲気が変わった。大人ばかりのこの場所にいても違和感がない。
ここはウォードンの下町にある居酒屋だ。ベルナールは先ほどまでここで人と会っていた。
漂う紫煙。カウンターは磨き上げられ、ぼんやりとした灯りの下でも深い艶が見て取れる。床にまかれたおがくずと酒の香りがぬるい空気に混じっている。
夜も更けた。さっきまで満員だった店内もいつの間にか半分ほどの入りになっている。
そろそろ潮時か。
腰をあげようとしたとき、目の前にそっとグラスが置かれた。
「ほら」
目顔で問うと
「こいつはオレのおごり」
ロシュは軽くウィンクする。珍しいこともあるものだ。
「何かいいことでもあったのかい? そういえば最近ウォードンで君の顔を見なかったよね」
横の席から椅子を寄せてきたロシュが斜めに腰掛けて足を組む。
「ん? まぁね」
グラスを口にしながら、ロシュは目だけで笑う。
「ファリアンかい?」
ロシュの動きが止まった。
「相変らずいい勘してるね。さっすがエリート記者サマ」
まぜっかえして
「……あんたも部外者ってわけじゃないし、少しだけ教えてやるよ」
ロシュが声をひそめる。
「財団の研究、すごい勢いで進んでるらしくてさ」
何の研究かは聞かなくてもわかった。
「ふうん」
本当は聞きたいとは思わなかった。が、知らないわけにはいかないような気がした。
それで? と先を促したベルナールにロシュはにやりと笑った。
「ここから先はタダじゃないぜ?」
「これで足りるかな」
何がおごりだ。
「ま、オレとあんたの仲だし、負けとくよ」
ロシュは銀貨をつまみあげ、指の間でくるくると回転させた。
「早ければ来年の今頃は聖地だってさ」
「……本当か?」
「ま、研究がこれからも順調にすすめば、ってとこだろうけどね。ま、多少は遅れるかもしれないけど、不可能な話じゃないってさ」
「……そうか」
「オレも負けてらんないって感じかな」
ロシュは小声で呟いた。
ジェイドもヒュウガも相変らず旅暮らしだと聞く。
「あれ? グッドニュースじゃなかった?」
「いや、いい話だったよ。ありがとう」
ベルナールは一気にグラスを空け、立ち上がった。