ルネの耳にも、女王アンジェークへの不満は聞こえて来ていた。
ルネだからこそ、なのかもしれない。誰も、女王本人にそんなことを言うわけがない。
女王になれば聖地に昇るとばかり思っていた彼女が、自分のためにここに戻ったことは確かに嬉しかった。
何もかもが幸せすぎて、信じられないほどに。
けれど、彼女はここにいて幸せなのだろうか。
(……キミは、ボクとここにいて幸せ?)
そう尋ねてみたい。
アンジェリークは自分が不幸せだとは言わないのはわかっているのに。
ルネは、アンジェリークには見えないよう、服のひだの下で手をかたく握った。
「──そう」
やっと口に出せた言葉は、ため息に似ていた。
教団長の立場から見れば、傷つけられバランスを崩したこの世界のため、彼女ができることはいくらでも思いつく。助言しようと思えばそうできる。
ひとつひとつの行動に口を出すこともできるだろう。
「キミがいいと思うことを、いいと思うようにすればいいんだよ」
けれど結局、ルネに言えるとすればこれだけだった。
わかりやすい答えが欲しかっただろうアンジェリークには酷に聞こえる言葉なのはわかっていたが、さらに表情を曇らせた彼女を見るのはルネにも辛かった。
「でも…」
だから、口を開きかけたアンジェリークをさえぎるように、ルネは続けた。
「急ぐことはないよ。物事はいろんな意味があるんだし、焦らないで。気楽にやりなよ、ね?」
「でも、ここの皆さんの好意に甘えっぱなしなのに……」
さらに沈み込みそうになるアンジェリークの頬を、ルネはそっと手のひらで包んで、目を合わせた。少し潤んだ碧の瞳がとまどったように揺れる。
「ここはキミのためにあるんだって、前にも言わなかった? 教団のボクたちにとって、キミは存在意義なんだ。女王がただの伝承でないことなんて、ボクはもちろん知ってたけど、教団には現実の存在だと思っていなかった者もいたと思うよ。そんなに遠かった女王に、じかにご挨拶を頂ける。それだけでもボクたちは幸せなんだ。だってボクたちはずっとキミのためにあって、キミだけを待っていたんだから」
「……ありがとうございます」
アンジェリークは泣き出しそうな顔のまま、逃げるように一歩あとじさった。
とっさに追いかけそうになる足を止める。
今の彼女は、『ルネのアンジェリーク』ではない。
彼女を止める権利は誰にもない。たとえ教団長であっても。